宇宙はどれだけの宝石を抱いているのだろう　（Side B）

【Side A】は『人魚舞星』の MM072 です

　小惑星帯を抜けたところで、輸送船〈 カローン 〉のコクピットに警告音が鳴り響いた。

　俺の座るパイロットシート、周囲のコンソールはごくスタンダードなものだ。だが背後には、残りの
　スペースを埋め尽くすほどの巨大なタンクが鎮座している。
　そして、海水で満たされたタンクの中には、相棒のイリリがいる。水の惑星に生まれ、イルカと同等か
　それ以上の能力を持つ、俺の大事なパートナーが。

『後方１．３キロに重力震、ワープアウトを検知！』
「海賊船二隻でも手いっぱいだってのに、これ以上、何が飛んできやがったんだ！」
『小惑星、いや、船だよ、アッシュ！』

　イリリの応答は、常になくあわてている。だろうな、高速航行中のキロ単位での接触なんて、やつは
　未経験なんだから。
　ちらりとタンクを振り返る。透明な外壁を隔てて、一瞬だけ視線が交錯する。
　幼さの残る顔に、とまどいの色を浮かべているのが見て取れた。

「船だと？　このバカでかいのが」
『相対速度もコースもぴったりあわせて飛んでるんだよ。そんな器用な岩があるわけないでしょ！』

　ディスプレイをスクロールしてゆく『それ』に関する情報に、俺はうなった。
　短径約２５キロ、小惑星サイズのそれがタンカーならともかく、ワープ船だなどとは、とても信じられない。
　が、短距離ワープをぶちかます小惑星が存在するなんてことの方が、もっと信じられない。
　船尾モニタの画像を出す。この距離ならば目視も可能なはずだ。が。

「何も見えやしない。なんだってんだ、いったい」

　計器には質量、重力その他、なにか巨大なものがあることが表示されている。ただ、光学機器と肉眼では
　捉えられないのだ。偏光フィールドというものもあるにはあるが、これほど大きな物体を隠しおおせる
　テクノロジーを、俺は知らない。

「イリリ、ちゃんとリンケージしてるのか？　俺にはそいつが見えないんだ」
『船の感覚には見えてるよ！　後ろの海賊船の進路に割り込んでる。味方なのかな』
「断定すんのは早いぜ。識別コードも出てないんだ、三隻めの海賊船だって可能性もあるんだからな」

　イリリの、高性能コンピュータにも真似できない３Ｄナビゲーションと、俺の操縦技術ならば、小惑星帯に
　逃げ込めば振り切れると踏んだのだが、甘かったようだ。
　輸送船としては既知宇宙でいちばん足が速いことを自負する〈 カローン 〉も、障害物のない宙域では、軍事用の
　化け物みたいな高出力リアクターを積んだ海賊船に太刀打ちできっこない。

　追いかけてきている海賊船は、謎の巨大船の出現に急制動をかけている。もう一隻は大きく小惑星帯を外れ、
　旋回中だ。挟み撃ちにする気だろう。
　俺は胸の内で半秒に六十個ほどの罵詈雑言を並べ立てると、身体が耐えうる限りの加速を艇に与えた。駆動系は
　もうオーバーヒート寸前だから長くは持たないが、少しは引き離せる。武装を持たない輸送船の身で、逃げ切れれば
　御の字だ。
　これでダメなら。

「海賊船二隻に、正体不明の巨大船か。イリリ、追いつかれたら、タンクごと切り離す。おまえだけでも逃げるんだ。
　いいな？」
『いやだよ！　アッシュを置いてなんて』
「おまえを故郷の星から連れ出したのは俺なんだ。こんなとこで死なせるわけにはいかねえんだよ！」

　そのとき。
　唐突に船の姿が現われた。おそろしく巨大な、それでいて、見たこともないたおやかな曲線を持った、美しい船が。
　数秒後、後方の海賊船が、音もなく白い火花を散らした。巨大船から放たれた一条の閃光が命中したのだ。残った
　のは、光る微少な残骸だけ。
　文字どおりの木っ端微塵だ。あれでは誰ひとり、助かるまい。

『後方の海賊船、破壊を確認！　巨大船から、魚雷発射！　もう一隻の海賊船が反転、回避運動に入るよ。
　……え？』
　レーダースクリーンとイリリの『視界』から、魚雷が消えたのだ。同時にちいさな重力変動があった。
　船本体だけじゃなく、魚雷までもがワープシステムを備えているってのか！
　一瞬後。
　回頭しつつある敵機の進路に魚雷が出現。漆黒を背景に、白い光の花が咲いた。
　艦首が大破し、誘爆を起こしてゆく。ほどなく海賊船は星屑と化した。

「どちらも一撃か。なんて腕だ」
『敵機の破壊を確認。……助かったんだね、アッシュ』
「どうやら、そのようだな」

　巨大船から通信が入った。
　相手の船名は〈 St.ミアーナ 〉、優美な曲線を描く船体に違わぬ名前だった。
「こちら〈 カローン 〉の船長、アッシュ・グレイ。本船には被害はない。ありがとう、なんて礼を言ったらいいか……」
『無事でなにより。で、もし良かったらこっちへ来て、一緒にお茶しない？』
　通信用ウィンドウの上で微笑む相手の顔に、俺は絶句した。鮮やかな手並みで海賊船二隻を沈めた船のクルーは、俺の
　予想をはるかに超えていたのだった。


「……でけえ。こんなにでかいのに、高機動船なのか、これが」
　イリリは気押されたらしく、大きな碧い目を見開き、黙ってあたりを見回している。鮮やかなライトグリーンの髪だけは
　隠しようがないが、水棲人の肉体的特徴が分からないよう、長手袋を着けている。
　俺はいつものパイロットスーツに、トレードマークの赤いバンダナだ。

　格納庫に降り立った俺たちを出迎えたのは、とびきりの美少女が三人だった。
　キャプテンのラミアに妹の美月、そしてシステムインターフェイスだという（とても人工物には思えない）ミアーナ。
　三人とも長い髪をなびかせ、透明感のある美しさを持っている。ミアーナはともかく生身の二人の完璧な美貌と言ったら！
　おまけにこんな船を所有し、さっきの戦闘で見たように腕もピカイチだなんて、まったく宇宙は広いと思わざるを得ない。

「俺はアッシュ。こっちは相棒のイリリだ」
「イリリイーリー・イクティス・ナラカです。イリリって呼んでください」
「わあ、かわいい！　男の子、だよね？」
　頬を染め、うつむくイリリ。
「これでも正真正銘の男、なんですけど……」
　悪いとは思いながら、思わず噴き出してしまう。顔の造作と長い髪で、イリリはよく少女に間違われるのだ。イリリも
　それを自覚してはいるのだが、こればっかりは本人にもどうしようもない。
　腹筋を痙攣させて笑いをこらえている俺を、やつはうらみがましい目つきで見上げてくる。

「で、イルカさんは？」
「気付いてたのか、この船のこと」
　ラミアの問いに、俺は口ごもる。イルカがナビをつとめるドルフィンシップのことを知ってるというのか。
　もっとも今の〈 カローン 〉にはイルカは乗っていないのだが。
「だって、あんな速度で小惑星帯を抜けるなんて、並みのコンピュータには無理ですもの。イルカか人魚でもナビゲーション
　してない限りはね」
　ラミアは艶やかな笑みを見せた。
「人魚なんて、信じてるのか？　まるで、見たことのあるような口振りだけど」
「私たちもあちこち旅してますし、宇宙は広いですから」
　くすくす笑い。
　俺は返事に困り、イリリに視線を投げる。

　一瞬の沈黙があり、
「僕がイルカの代わりをしてるんだ」
　イリリは問いに答えると、ためらいもせずに長手袋を外す。水掻きと、手の甲からひじまでを覆う鱗があらわになった。
「これで信じてくれるでしょ？」
　そしてイリリはラミアたちに、無邪気な笑顔を見せた。
　イリリが初対面の相手に正体を見せるなんて驚きだが、やつが自分からやったことなんだから仕方ない。それに相手は
　命の恩人でもあることだし。
　ひとつ息をつくと、俺は話し始めた。
「じゃあ、話してやるよ。じつは、こいつがな……」

　イリリとの出会いについて話す間、彼女たちは、うまいお茶と甘いものをふるまってくれた。
「ごちそうさま！　すっごく、美味しかったよ！」
　満足げに、柄の長いスプーンをなめるイリリ。背の高いパフェグラスは、クリームも残さず、きれいに空になっている。
「こんな美味しいの、僕、初めて。アッシュったら、安いケーキしか買ってくれないんだもん」
「余計なこと言ってんじゃねえ！　放っといたら、際限なく甘いもん食いたがるじゃないか。おまえには遠慮ってものが
　ないのか？」
「船を飛ばすのって、疲れるんだよ！　それに、たくさん食べないと大きくなれないって、いつもアッシュが言ってる
　じゃない」
「ったく、口の減らないやつだなあ」
「あはは、ほんと仲いいのね。うらやましいな」


　彼女たちに別れを告げ、〈 カローン 〉のコクピットに戻る。イリリは待ちかねたようにタンクに飛び込み、ひとしきり
　泳ぎ回った。
「なあイリリ。なんで正体をばらす気になったんだよ。禁忌じゃなかったのか？」
　くるん、とイルカみたいに水の中で宙返りをして、
『なんとなく、かなあ。心を読んだわけじゃないんだけど、あの人たちなら大丈夫って感じがしたんだ』
　イリリは自分でも理由が分からないらしく、小首を傾げてみせる。
「ま、おまえがそう思ったのならな。少なくとも、悪人じゃないのは確かだし」

〈 St.ミアーナ 〉の甲板から離床し、併走コースを取る。
　コース設定を終え、シートに落ち着くと、全面オンにした外部スクリーンに目をやる。
　星空に囲まれたようなコクピットの中で、左舷の視界ほとんどを占める〈 St.ミアーナ 〉の姿。
「オーバーテクノロジーってやつだよなぁ」
　彼女たちとその船がどこから来たのか、あの科学力がどこの星の文明に由来するのか、興味ありまくりではあったが、
　根堀り葉掘り訊ねるわけにもいかない。

　と、その時。
『アッシュ！　見てよ、あれ！』
「俺にも見える。幻覚でも、見間違いでもないよな？」
『舷窓』の外、漆黒の宇宙空間に舞う、柔らかな光に包まれた二つの姿。
　すらりと伸びた尾ひれ、背中に広がる光の翼……
　ラミアと美月。彼女たちは。

「人魚、だったのか」
　俺は呆然と、信じ難い光景を眺めていた。
『星の海を泳ぐ人魚……　なんてきれいなんだろう』
　タンクの外壁に手のひらをつけて、イリリはうっとりと美しい人魚たちのダンスに見惚れている。
「ああ、きれいだな。無限の女神（インフィニティ）からプレゼントをもらった気分だ。
　広い宇宙には、まだまだ俺たちの知らない種族がいるってことか」

　夢のようなひとときが過ぎ、彼女たちの姿が消えたあと。
　それが夢ではなかったという証拠に、舷窓には一枚のカードが残されていた。

　〈 Merry Cristmas! 　Lamia & Mizki 〉

おしまい　 　ひとつ戻る