フェッセンデンのスノーグローブ
****  すてきなクリスマスと新しいよい年が訪れますように!  ****
**** We wish your merry Christmas and happy new year! ****
 12月の半ば。穂村の大叔父から連絡があって鳴滝神社の本社に赴くと、荷物が二つ届いて
いた。文字通りあちこち飛びまわる日々で、確実に連絡の取れる場所として、数少ない知人に
教えてあるのはここ、本社だったからだ。
 大叔父に会うと説教されそうだったので、事務員から荷物だけ受け取って、私室に逃げ込む。
内側から施錠したままの部屋に出入りできるのは(鍵か扉を壊さない限り)彼だけだ。

 包みのひとつは平たく軽く、もうひとつは大きめのマグカップくらいの大きさの箱で、持ち
重りがする。開けてみなくても彼には中身が『見える』のだが、贈りものをもらったならば、
開けてみるまで分からないほうが楽しいというものだ。
 送り主の名――野田惣一郎と、その自称婚約者、青山珠貴――に微笑んで、龍一は少し早め
に届いたクリスマスプレゼントの封を切った。

 平たい包みの方には、古い一冊の本。新書版と同じ版型の、銀の背表紙をした小説本。タイ
トルは『フェッセンデンの宇宙』。贈り主の趣味で送ってきたとしか思えない。惣一郎は昔か
ら、気に入った本があると相棒に読ませたがる癖があったが、今度もその口だろう。

 もうひとつの包みを開けて、知らず、龍一は口元に笑みを浮かべた。こちらはまた自分への
プレゼントには少女趣味に過ぎると思える選択で、ガラスの球を抱えた真っ白なドラゴンの置
きもの。揺らすと球の中にキラキラと雪片が舞う。世事に疎い龍一はその品をなんと呼ぶのか
知らなかったのだが、それはひとつの美しいスノーグローブだった。
 純白の羽根と身体のドラゴンは、真紅の双眸を持っていた。ガラス球の中には雪景色。こん
もりとした丘の上に小さな家が建っていて、周りには葉の落ちた木々。家の窓は暖かな黄色に
塗られて、明かりが点っているように見える。そして、家も丘も木々にも、柔らかに降り積もっ
た雪。小さな世界の幸福を、白い竜はその身体全体で抱擁している。


 聖夜とされる晩にも、異世界からの敵意ある〈来訪者〉はやってくる。持てる力せいいっぱ
いで〈来訪者〉を追い返し、ほっと一息ついた場所は、どことも知らぬ寒い土地だった。疲労
困憊した龍一は雪の平原に身を投げ出す。仰向けに寝転び、暗い夜空から無数に降ってくる雪
片を感じていた。北国では珍しくもないホワイト・クリスマス。

 全力疾走のあとのような荒い息は白く湧き上がり、寒気に接して空に溶ける。雪片は頬に触
れると微かな感触を残してはかなく消えてゆく。
 雪が降る。無数の、それぞれが違う形と大きさをした、氷の結晶。

 なにもかもを白く染めて降り積む雪は、あのガラス球の中に降っているのと同じだ。雪空の
下には、小さな家の窓に暖かな灯りが点っているのだろう。球のなかの世界を守る竜は、小さ
な家の住人が、竜に抱かれていると知らなくても、満足げな、おだやかな顔で見守っている。
 自分の腕は世界を抱くほどには大きくない、そして、ひとりで見守り続けるほど強くもない。
 龍一は、光を捉えることのない赤い瞳で、夜空を見上げつづける。

 フェッセンデンの実験室、雪の降るおだやかな世界……
 彼と彼女の、ふたつの贈りものの意味が分かった気がした。
 世界を守る孤独なドラゴンを、手の中で慈しみ、見守る目。実験室の小宇宙の外側には、幾
重にも広がる無限の時空。

 まぶたを閉じると、熱い涙が頬に一筋流れ落ちる。
 決して悲しいわけじゃない、涙の理由は自分にもわからなかった。


おしまい。ひとつ戻る

*「スノーグローブモンスター」のすてきなコラム http://www.snowglobemonster.com/gallery/mycollection3.htmと、
 言うまでもなくハミルトンの傑作より。