Shadow of the DRAGON　【Side RYU】

　見下ろすと、懐かしい友の姿があった。
　最後に会ったときより、ずっと大人びた寝顔。
　これは夢なのだろうか。
　会いたいと思う気持ちが、幻を見せているのだろうか。

　細くて柔らかそうな、明るい茶色の髪。
　長く伸びた前髪が顔にかかり、片目を覆っている。
　閉じたまぶたを縁どる、女の子みたいな長いまつげ。
　身長に比して少しばかりきゅうくつそうなベッドの上で。
　背中を丸め、長い手足を投げ出して、無防備な横顔を見せている。
　おだやかな息遣いさえ感じられそうな気がする。

『誰？　そこにいるのは』

　突然、声が聞こえた。
　それは肉声ではなく、心に直接響く問いかけだった。
（誰かが俺を見ている。俺が彼を見ていることを知ってるんだ）

『……あなたは』


　「！」
　目を閉じてベッドに横たわっていた龍一が、がばっと身を起こした。
　全身が汗にまみれている。

「なんだ、今のは…」
　紅い瞳が闇を見据える。
　夢ではない、あれは現実だ。無意識のうちに遠隔視していたらしい。
　懐かしい友のいる場所を。

　しかも、心に呼びかけてきた者がいたのだ。
　龍一が視ていることを感知し、彼の心に語りかけるなどという芸当をやってのけるとは。
　惣一郎のそばにいたのは、強力な精神感応能力者だったようだ。

　動悸がおさまると、彼はひとつ息を吐いてベッドから降りた。
　汗まみれの体をシャワーで洗い流す。
　ミネラルウォーターのボトル片手にベランダに出、遠く市ヶ谷の方向に視線を向ける。
　十数キロ離れたその場所には、野田惣一郎の勤める大学病院と、彼の研究室があるはずだ。
　二度と会うことはないと思っていた友が、思いもかけず『視える』距離にいることを知ってしまった。
　そして視界に入りさえすれば、その場所に『ジャンプ』することもできる。

　いますぐ彼のもとへ跳んでいきたい。
　その衝動を抑えるのには、どんなに自制心を要したことか。
　おのれを取り巻くトラブルと戦闘さえなければ、そして惣一郎がそれに巻き込まれないとするならば……

　だがそれは、夢想にすぎない。
　相変わらず彼の周囲には異世界から迷い込んだ存在がまとわりつき、龍一はその身に備わった能力で
「彼ら」を撃退し続けている。そばに惣一郎がいたら、おせっかいな彼のことだ、必ずとばっちりを喰う
だろう。自分のせいで友が傷つくことなど、龍一にはとうてい我慢できなかった。惣一郎には、安全圏に
いてほしいのだ。
（なのにこの始末、か。無意識に跳んじまったらどうすんだよ）
　龍一は、またひとつため息をついた。


　もう、夜明けが近い。
　眠れないまま、龍一はＲＺ２５０を駆った。古いバイクだが、彼はこの型に愛着がある。
　吉祥寺から五日市街道に出るとアクセルを開けた。メーターは時速１４０キロを超している。
　次第に明るくなってゆく空の下、五日市街道から青梅街道に入り、新宿に向かう。
　西口の高層ビル街にＲＺを停めた彼はヘルメットを脱ぎ、早朝の冷たい空気を吸い込んだ。
　上り初（そ）めた太陽が、高層ビルの窓にまぶしく反射している。

　……惣一郎。おまえに会いたいよ。

　身を切るような思いとともに、彼は心でそうつぶやいた。

おしまい 　ひとつ戻る 　裏面を読む