あしたは入学式！

「おとうさん、おかあさん。もうじき船の時間だから……」

　気持ちのいい海風が吹きぬける桟橋で、両親に順番にぎゅっと抱きしめられる。
「気をつけるのよ、ノア」
　心配そうなおかあさん。身体に気をつけるとか、そんな意味じゃないのは承知してる。
「向こうにはお兄ちゃんもいるんだし、びっくりしても元に戻っちゃわないように、
　一生懸命練習したんだもん」
「おまえは昔からレイよりも無鉄砲だからな」
　おとうさんが苦笑する。
「大丈夫だってば！　あたしだって１５歳なんだから、なんでも自分でできるんだよ！」
　そう、あたしは１５歳。
　４月から本土の高校に通うの。あこがれの高校生活を満喫するんだ！


　明日は入学式。
　ちいさいけどきれいなワンルームマンションは両親からの贈り物。
　ぜいたくだと思われるかも知れないけど、あたしにはプライバシーが必要だから、これは
　仕方がないの。

　部屋には衣装箱がふたつと、靴の箱がひとつ届いている。
　衣装箱には、新しいピカピカの制服。
　オフホワイトの長袖のセーラー服、ネイビーブルーのプリーツスカート。
　スカートと同じ色の三本ラインの入った襟には、落ち着いた赤のスカーフ。
　胸ポケットには校章をデザインしたエンブレムの刺繍。
　トリコロールカラーの、とってもかわいい制服だった。
　姿見の前でくるりと一回転すると、裾がふわりと舞い上がる。
　まっすぐな長い黒髪、つぶらな黒い瞳。おかあさん譲りの、純和風の容貌はとっても
　気に入ってる。おとうさんみたいな翠の目もきれいだけど、あたしがおとうさんに似た
　のは体質だけだったみたい。
　最後に取り出したのは、やっぱり新品の、革のにおいがするローファー。
　あんまり嬉しくて、下ろすまえに部屋の中で履いて歩いちゃった。


　パステルカラーのベッドカバーのかかったシングルベッドを前にして、ちょっと考えた。
　ベッドで寝ようかなあ。でも、長旅で疲れてるし……

「明日は大事な日だもん、今日はあっちにしようっと！」
　あたしは制服を脱いだ。きちんとハンガーにかけて、それから下着も脱ぐ。
　一糸まとわぬ姿になると、バスルームにある、特注の大きな水槽の前へ。浴槽よりも
　ひと回りおおきくて、あたしが横になってもまだ余裕があるの。

　縁をまたぐと、水面に波紋が広がる。
　両足を底につけてから、そっと腰を下ろす。
　息を吐き出して底に横たわる。長い髪が水に広がって頬をくすぐる。

　それから、思いきり息を吸い込んだ。
　胸を満たす、海水の甘くて冷たい感触。
　んっ……　気持ちいい……
　なにもかもから解放される！　って感じ。

　全身にかすかな震えが走る。
　両足がひとつになり、足の先にはおおきな花びらのような尾ひれが広がった。
　ひれは透き通ってて、鱗は青みを帯びた銀色。
　自分で見てもきれいだなって思う。うぬぼれなんかじゃないよ！
　
　そう、あたしは人魚なの。
　おとうさんはクォーター、おかあさんは人間だから、人魚の血は８分の３ってとこ。
　どっちかって言うと水の中にいたほうが楽なんだけど、２、３日地上にいても平気なの。
　うふふ。いいとこどりってわけよね。

　水の中であくびをすると、あたしは目を閉じた。
　明日は入学式。
　どんな友達ができるかな、たのしみだな……


　明かりの消えたバスルーム。
　ときおり尾ひれが水をはねかえす音だけが響いていた。

おしまい　 　【NEXT】Click here!　 　ひとつ戻る