お兄ちゃんは有名人？

　私立　桜ノ宮学園。
　中高等部併設で、新設校ながら各界で活躍する人材を輩出している。
　また、優秀な能力を持ちながら心身や家庭に問題のある生徒を受け入れるモデル校でもある。

　……と、パンフレットには書いてあった。
　あたしは別にそんなことどうでもよかったんだけど。人間の女の子たちと一緒に勉強したり、町に出て
　遊んだり（こっちの方が重要かも？）したかっただけなんだから。
　障害を抱えた生徒を受け入れるモデル校と謳っていても「じつは人魚なんです」って正直に申告する
　ことなんかできないし。

　それでも最終的には、レイお兄ちゃんとローザお義姉ちゃんが通うこの学校がいいだろうってことで
　落ち着いたのだった。


　学園の敷地は、その名の通り桜の樹でいっぱいだった。
　最近は温暖化のせいで３月中に散ってしまうことが多い桜も、今年は寒かったせいで、ちょうど満開を
　迎えていた。
　空いちめん、風に舞い散る薄いピンクの花びらと言ったら！

　亜熱帯の島と海に住んでいたあたしは、空から雪が降るのを見たことはない。海の底に降り積もるマリンスノー
　は、プランクトンの死骸だということを別にしても、なんだかさみしくてあまり好きじゃなかった。
　冬に降る雪も、きっとこの花びらみたいに綺麗なんだろうな。
　あたしは地上に、この学校に来て良かったと思った。
　
　ひらひら風に遊ばれる桜の花は、見ていると胸が苦しくなるような切ない感じがして、いつまで眺めて
　いても飽きることがない。
　風に長い髪が吹き乱されるままに、あたしはしばらく桜吹雪に見とれていた。


「あなたも新入生でしょう？　クラス別に集合して、それから体育館だよ。早く行かないと、遅れちゃうよ」

　不意に、元気のいい女の子の声がした。
　振り向くと、声のイメージそのままに「元気」を絵に描いたような子が立っていた。
　ショートカットにスリムな体型、あたしよりも頭はんぶんは背が高い。もっとも、あたしは標準よりも
　だいぶ背が低いんだけど。

「御厨（みくりや）さつきって言うんだ。よろしくね！」
　差し出された手を握る。あったかい手が、ぎゅっと握り返してきた。
「あたし、那神（ながみ）ノア。学校に通うの、初めてなの。いろいろ教えてね」
　御厨さんは「へえ」という顔をした。
「あたしは中等部からこの学校だから、なんでも聞いて！」
「ありがとう、御厨さん」
「やだなー、名前でいいよ！　あたしもノアって呼ぶからさ！」


　奇跡的にと言おうか、お約束と言おうか。
　さつきとは同じクラスだった。
　名簿を見て、さつきは何やらひとりでうなずいている。

「名簿がどうかしたの？」
「ナガミって名字、聞いたことあるなって思ったんだ。ねえノア、お兄さんがいるでしょ？」
「なんで知ってるの！」
　さつきは意味ありげに笑って見せた。
「ふっふ〜ん。ノア、あんた自分の兄貴の価値を知らないね？　学内じゃ有名人なんだよ。おまけに写真
　撮られるの、大嫌いなんだよねー。もしも生フォト撮れたら、結構な値段で売れるんだから」
「ええ〜っ？　なによそれ！　そんなの聞いてないよ！」

　お兄ちゃんが有名人？
　学校の寮に住み込んでて、たまにしか家に帰ってこなかった間に、そんなことになっちゃってたの？

「たしかハーフなんだよね？　黒髪に翠の瞳のクール･ビューティーって言ったら、高等部では一、二を
　争う人気だもんねえ。そっかー、ノアも美人だと思ったら、あの兄貴にしてこの妹かー」
「さつき……」
　マシンガン・トークでまくしたてる彼女に、あたしは口を挟めない。
「あ、誤解しないでよね！　お兄さんがどうこうとか、そんな下心、絶対ないから！　ノアに会ったとき、
　お兄さんのこと、思い出してなかったんだよ。ただ、なんて綺麗な子だろうって、友達になれたらいい
　なって、純粋に思ったんだ」

　さつきはブンブン手を振り、真っ赤になって否定した。
　彼女の心をのぞき込んだりしなくても、さつきの真っすぐな気持ちは充分に伝わってくる。

「分かってるよ。友達になりたいって思ってくれて、ありがとう。すっごく嬉しい」

　思わず、きゅっ、と抱きついたら、さつきはさらに真っ赤になった。

「こ、こら！　何すんの！」
「何って、愛情表現」
「そーゆーのは、人前ではやらないの！　ってゆーか、好きなひととやるもんなの」
「あたし、さつきのこと好きだよ。それで、抱きつきたかったから、そうしただけ。でも、さつきがイヤだって
　思うなら、もうしないよ」
「イヤってわけじゃないんだけど、さ」

　さつきはたしかに嫌がってはいないけど、すこし困ったように笑ってる。
　そっか、人間は、心に思ったことをこんなふうに、即行動に移したりはしないんだ。
　覚えておかなくちゃ、ってあたしは思った。


　そして、入学式。
　父兄席には、おとうさんとおかあさんの姿はない。承知はしてたけど、ちょっとさみしいかな、って思ったら。

　ええ――――っ！

　あんまりびっくりしたので、あやうく人魚に戻っちゃうとこだった。
　足がちょっとむずむずしたけど、意思の力で押え込む。　……ふう。

　父兄席の最前列に、高等部のブレザーを着て、ハンディビデオを手にしたレイお兄ちゃん。
　制服姿をじかに見るのは初めてだけど、妹のあたしが見ても、よく似合っていると思う。
　その隣には、ローザお義姉ちゃん。腰まである金髪に濃いブルーアイ。透明感のある白い肌。

　ふたりが並んでると、はっきり言って！　ものすごく！　目立つのよ！

　いいのかしら。ふたりとも、他人にばれたら困る秘密を持っていながら、この行動。
　あたしもたいがい無鉄砲だとは思うけど、ねー。

「ねえねえ、あれ、誰？」
「すっごい美形。隣の女の子も、モデルみたいにきれい！」
「あのエンブレムの色、金髪の子は２年だな」
「記録係やってるってことは、役員だよなー。俺、生徒会入ろうかなあ」

　男女問わず、声をひそめながらも、ざわめきが巻き起こる。

　３列後ろのさつきを振り向き、目で合図する。
（さつきぃ、どうしよう、これ）
　彼女は肩をすくめ、同情のまなざしを返してきた。

　あたしの高校生活、一体どうなっちゃうんだろう……

おしまい　 　【第１話へ】　 　【NEXT】Click here!　 　ひとつ戻る