１２月の半ば。穂村の大叔父から連絡があって鳴滝神社の本社に赴くと、荷物が二つ届いて
いた。文字通りあちこち飛びまわる日々で、確実に連絡の取れる場所として、数少ない知人に
教えてあるのはここ、本社だったからだ。
　大叔父に会うと説教されそうだったので、事務員から荷物だけ受け取って私室に逃げ込む。
内側から施錠された部屋に出入りできるのは、鍵か扉を壊さない限り、彼だけだ。

　包みのひとつは平たく軽く、もうひとつは大きめのマグカップくらいの大きさの箱で、持ち
重りがする。彼には包装越しに中身が『見える』のだが、贈りものをもらったならば、開けて
みるまで分からないほうが楽しいというものだ。
　送り主の名――野田惣一郎と、その婚約者、青山珠貴――に微笑んで、龍一は少し早めに届
いたクリスマスプレゼントのリボンを解いた。

　平たい包みの方には、古びた一冊の、背表紙が銀色の小説本。タイトルは『フェッセンデン
の宇宙』。贈り主の趣味で送ってきたとしか思えない。惣一郎は昔から、気に入った本がある
と相棒に読ませたがる癖があった。ご丁寧にカードが添えてあって「読み終わる頃にはクリス
マスだろう。読んだら感想文を提出するように」と、冗談とも本気ともつかぬ、几帳面な四角
い字が並んでいる。

　もうひとつの包みを開けて、龍一の口元に笑みが浮かんだ。こちらはまた自分へのプレゼン
トには少女趣味に過ぎると思える選択で、ガラスの球を抱えたドラゴンの置きもの。揺らすと
球の中にキラキラと雪片が舞う。世事に疎い龍一はその品をなんと呼ぶのか知らなかったのだ
が、それはひとつの美しいスノーグローブだった。
　純白の羽根を広げるドラゴンは、真紅の双眸を持っていた。ガラス球の中には雪景色。こん
もりとした丘の上に小さな家が建っていて、周りには葉の落ちた木々。家の窓は暖かな黄色に
塗られて、明かりが点っているように見える。そして、家に丘に木々にも、柔らかに降り積もっ
た雪。小さな世界の幸福を、白い竜は羽根と身体とで取り巻き、赤い眸で見つめている。


　聖夜とされる晩にも、異世界からの敵意ある〈来訪者〉はやってくる。持てる力せいいっぱ
いで〈来訪者〉を追い返し、夜半になって一息ついた場所は、どことも知れぬ寒い土地だった。
疲労困憊した龍一は雪の平原に身を投げ出す。仰向けに寝転び、暗い夜空から無数に降りてく
る雪片を感じていた。
　全力疾走のあとのような荒い息は白く湧き上がり、寒気に接して空に溶ける。雪片は頬に触
れると一瞬の微かな感触を残して消えてゆく。

　なにもかもを白く染めて降り積む雪は、あのガラス球の中に降っているのと同じだ。雪空の
下、家々の窓には暖かな灯りが点っているだろう。住人たちは、世界の外側に竜がいて、その
腕に抱かれ見守られていると知ることはないのだろう。
　自分の腕は世界を抱くほどには大きくない、そして、ひとりで見守り続けるほど強くもない。
　龍一は、光を捉えることのない赤い瞳で、夜空を見上げつづける。

　懐かしくも切ない雪の風景と、フェッセンデンの小宇宙……
　舞い降りる雪とともに、彼と彼女の、ふたつの贈りものの意味が胸に落ちる気がした。
　世界を守る孤独な竜を、手の中で慈しみ、見守る者。実験室の小宇宙の外側には、我らの住
まうこの宇宙、さらに幾重にも広がる無限の時空。

　まぶたを閉じると、熱い滴がひと筋、頬に流れる。
　悲しいわけではない。涙の理由は、彼自身にもわからなかった。

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