苦痛が俺を責めさいなんでいた。
　絶え間ない頭痛と、心臓を締め付けるような痛み。冷たい汗が止まらない。
　電車のリズミカルな揺れも、車窓から差し込む初夏の陽射しも、苦痛を和らげてくれはしない。
人波に押し出されるように電車を降りた。どうせ目的地があるわけでもないし、でたらめに行動
した方が、追手を捲ける確率も高いだろう。
　改札を抜け、もつれる足を叱咤しながら歩を進める。
　こんなところで倒れてたまるか……！

　街は人間であふれかえっていた。
　いったい、どこからこんなに沸いて出たと言うんだ？
　しかも、見渡す限りの黒い髪、黒い瞳だ。みな同じ顔に見え、気分が悪くなる。
　よろめいた肩が、隣を歩く男にぶつかった。文句を言おうと振り向いた顔が、俺の金髪と
ブルーグレイの目にひるんだように黙り込む。この国の人間は、ガイジンってやつが心底苦手らしい。

　人の流れに従って歩いていると、とあるビルの根元、広場のような場所に出た。
　ビルの壁面には巨大なＴＶモニター。
　その下は待ち合わせのスポットらしく、人待ち顔の若者でいっぱいだ。駅から離れた方がいいのは
確かだが、もう歩けそうになかった。

　これだけの人に紛れていれば、しばらくは追手をごまかせるかも知れない。
　そう考え、足を止めた瞬間。心臓にひときわ激しい痛みが走った。
　耐えかねた俺はついに路肩に座り込んだ。死んだ方がマシだと思えるような苦痛が、際限なく続く。
　通り過ぎる人の群れが、奇異の目で俺を見る。
　ちくしょう。
　放っておいてくれ。でなければ、この苦痛を止めてくれ……



　脱走間際に、通称〈ガーデン〉、正式名称〈法王の庭〉――要するに俺の「飼い主」だ――は、苦痛を与える
キーワードをぶつけてきたのだった。
　キーワード。
　それは、俺と、俺の能力を御するために〈ガーデン〉が作り出した唯一の手段。
　大量の薬物と長い時間で作り上げた「条件付け」だ。
　特定の言葉を聞くことにより全身が苦痛に支配され、解除の言葉を与えられるまで、苦痛は続く。
まったく非人間的な思想だが、やつらは俺のことを人間だとは思っちゃいない。
　稀少な実験体、金と手間のかかったモルモットにすぎないのだ。
　他人の意志をあやつる、催眠暗示能力を持つというだけの。

「仕事」を与えられてこの国に来たとき、チャンスは訪れた。
　隙を見て監視役を暗示にかけ、もう少しで逃げおおせるところだった。
　だが、もうひとりの監視役を暗示にかけるよりも、やつがキーワードを叫ぶ方が早かった。
　それでも俺は苦痛に耐え、やつらを意志の力で意識不明にしてやった。数週間は昏睡状態に陥るほどの
強力な催眠暗示。やつらが二度と目を覚まさないとしても、知ったことではない。

　連れ戻されたら、待っているものは徹底した洗脳と再教育だ。廃人同様になるまで痛め付けられて、
俺の意志などかけらも残らないだろう。
　とにかく、できるだけ早く、できるだけ遠くまで行かなくては……



　この忌々しい、全身に針を刺し込むような痛み。
　キーワードさえ聞けば、この苦痛から解放されるのに。
　それは俺の心に刻印されている。だが、自分では口に出すことはできない。
　俺は、低くうめいて地面に身を横たえた。
　誰か……
　助けてくれ。
　俺は、声にならない悲鳴をあげた。

　そのとき。
「Are you OK?」
　頭上から、涼やかな声が降ってきた。

ＮＥＸＴ ： Click here!